大判例

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東京高等裁判所 昭和57年(ラ)162号 決定

二 抗告人らの氏「乙井」を「甲本」と変更することを許可する。

【判旨】<関係人仮名>

二当裁判所の判断

戸籍法一〇七条一項は、やむを得ない事由によつて氏を変更しようとするときは、戸籍の筆頭に記載した者及びその配偶者は、家庭裁判所の許可を得て、その旨を届け出なければならない旨を定め、民法七九〇条一項は、嫡出である子は父母の氏を称するか、子の出生前に父母が離婚したときは、離婚の際における父母の氏を称する旨を定めている。これらの規定するところからすると、氏は特定の個人の父母との続柄を知らせ、ひいて社会生活や取引の安全をはかる機能を有するのであるが、右本来の氏が長年使用されたという事実があるうえに、個人的社会的にみてその氏を変更することの合理的必要性が認められる場合、換言すれば、本来称すべき氏と異つた氏を長年にわたつて使用したうえ、本来の氏を変更しなければもはや個人的社会的生活を営むうえに重大な支障があると認められる場合には、右にいうやむを得ない事由があるということができるものと解すべく、単に、仮の氏が長年使用されたという事実又は長年使用の氏と本来の氏に対する好悪の感情が存するだけでは、未だ右にいうやむを得ない事由があるというには足りないというべきである。

本件記録によれば、乙井竹男は昭和二二年四月八日丙内とり子と婚姻し、夫の氏を称する旨の届出をしたが、同年九月二日協議離婚したこと、右とり子はその日から三〇〇日以内である昭和二三年五月一八日抗告人太を出生したが、当時右とり子は離婚の後であり、また右竹男は既に高木○○と再婚し妻の氏を称していたところから、丁田みゆきが同年五月二九日抗告人太を自己の子として虚偽の出生届出をし、甲本太郎が同日抗告人太を認知し、次いで丁田みゆきと甲本太郎は同年一二月八日婚姻し、夫の氏を称する旨の届出をしたため、抗告人太は以後、戸籍上、甲本太郎と丁田みゆき間の長男として記載され、「甲本」なる氏を称するにいたつたこと、抗告人太は昭和四九年八月一五日抗告人花子と婚姻し、夫の氏を称する旨の届出をしたこと、そして、抗告人両名の間に昭和五一年一〇月三日長男一郎が、次いで昭和五二年一一月一日二男二郎がそれぞれ出生したこと、抗告人太は、甲本太郎が既に丁田みゆきと協議離婚したうえ死亡していたので、昭和五四年一一月丁田みゆき及び静岡地方検察庁検事正を被告として、抗告人太が丁田みゆきの子でないこと及び甲本太郎のした右認知が無効であることの各確認を求める訴を提起したところ、静岡地方裁判所は昭和五五年六月一二日抗告人太の右訴を認容する旨の判決を言渡し、同判決は同年同月二八日確定したこと、抗告人太につき、昭和五五年七月一八日本籍静岡市○○○三〇一番地筆頭者抗告人太の戸籍の父母欄(父甲本太郎、母丁田みゆき)が消除され、次いで、同年八月七日父乙井竹男、母丙内とり子の長男としての出生届出がなされ、本籍愛知県○○市○○町○○九番地の一筆頭者乙井竹男の戸籍に入籍の記載がなされたこと、抗告人太は同年九月静岡家庭裁判所に対し、戸籍訂正の許可申立をしたところ、同家庭裁判所は昭和五六年三月一四日付で、前記本籍静岡市○○○三〇一番地筆頭者抗告人太の戸籍中、筆頭者抗告人太の氏「甲本」とあるのを、「乙井」と訂正すること、父母欄に、父乙井竹男、母丙内とり子と記載すること、抗告人花子の身分事項欄の婚姻事項中、「甲本」とあるを、「乙井」と訂正すること、長男一郎、二男二郎の各父欄の父の氏「甲本」とあるを、「乙井」と訂正することを含む戸籍訂正許可の審判をし、同審判は同年四月一日確定し、同年四月一四日申請により右戸籍訂正がなされたこと、以上の事実が認められる。

右事実によれば、抗告人太は昭和二三年五月一八日父乙井竹男、母丙内とり子として出生したので、戸籍上、「乙井」の氏を称すべきものであつたところ、昭和二三年一二月八日甲本太郎、丁田みゆき間の子として届出をされたため、戸籍上その旨の記載がされたので、以来昭和五六年四月一四日右戸籍訂正がなされるまでの間、「甲本」なる氏を使用してきたこと、抗告人花子は昭和四九年八月一五日抗告人太と婚姻して以来、また抗告人太、同花子の子一郎及び二郎は各出生以来、いずれも抗告人太と同一の戸籍にあり、「甲本」の氏を称してきたことが明らかである。

また、本件記録によれば、抗告人太は○○○○協会外務員として勤務して生計を立て、抗告人花子は静岡市内所在の会社に店員として稼働し、一郎は小学生、二郎は保育園児であること、抗告人太は右戸籍訂正以来、往々日常生活及び勤務上、第三者から従来の氏「甲本」と混同されることがあることが認められる。

以上の事実に鑑みると、抗告人太はその出生以来「甲本」なる氏を使用していたものであり、しかもその使用するにいたつた経緯については、丁田みゆきにより虚偽の出生届出がなされたことによるものであつて、何ら抗告人太の恣意に出たものではなく、更に本来の氏「乙井」の使用により社会生活上第三者から「甲本」の氏と、混同して呼称される不便があることが明らかである。

もつとも、抗告人太が「乙井」の氏を称するにいたつたのは、抗告人太につき、父乙井竹男、母丙内とり子としての出生届出がなされたうえこれに副つた戸籍訂正がなされた結果であつて、右「乙井」なる氏は抗告人太と父乙井竹男との間の続柄を端的に知らしめる機能を果し、ひいてこの点において社会生活や取引の安全を保持しているものということができるのであるが、右機能といえども万全のものではないし、このため抗告人太に前記のような個人的社会的生活上の不便の受忍を強制することはむしろ妥当ではないと考えられる。

そうしてみると、抗告人太は長年にわたり「甲本」なる氏を使用していたものであるうえに、本来の氏「乙井」を使用することは個人的社会的生活を営むうえに重大な支障があるものといわざるを得ないから、その余の点につき判断するまでもなく、抗告人からの氏「乙井」を変更することについてはやむを得ない事由があるものというべきである。

(岡垣學 磯部喬 大塚一郎)

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